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しつけ糸をたどって

ハーモニカ奏者の大竹英二さんと遠距離共演録音をした。今、動画を詩画家の本間ちひろさんが作ってくれている。

今回の録音では多重録音の手法と「しつけ糸」のアイデアを用いた。

はじめにギターでカウントをとるための刻み(バッキング)伴奏を録音し(仮縫い)、大竹さんにはこの伴奏音源を聴きながらハーモニカラインを録音して頂いた。その後大竹さんから送られてきた音を聴いて、もう一度ギターでいくつかの微調整と余計な刻みを抜いた伴奏を新しく作り直し(本縫い)、最終的には一番最初のギター音源を抜いて完成させた。

3人のメールでのやりとりでも「この音源はあくまで仮縫いです」とか、「しつけ糸としてお考え下さい(→細かいことは気にせず自由に演奏して下さい)」といった言葉を使った。それほど裁縫が得意なわけでもない自分がこんな表現を使うなんて可笑しいな、と思いつつも、この手法で録音し、完成させた。

ところが数日後の夜、あ、と思った。真っ暗な夜の深い紺色の中で、白く縫い付けられたしつけ糸を自分はかつて本当に見たことがあった、ということを思い出したのだ。それは、祖母のしつけ糸だった。

祖母はお着物が作れる人だった。子供のころの浴衣はすべて祖母が仕立ててくれていた。長い竹尺で寸法を測り、まだところどころマチ針のついた着物を何度か着せられたのち、本縫いが終わるとそれまでつけられていた白いしつけ糸が取られる。浴衣の袖の先に付けられた白いしつけ糸がしゅーっと抜き取られると、そこはすでに着物と同じ紺色の「本当の」糸で丁寧に縫いつけられていた。

ああ、あれだったんだ、と思った。あんなにくっきりと覚えていたことを、私はすっかり忘れていた。遠い彼方の記憶は時にイメージとなって自分の中に再び現れるということを聞いたことがある。今回、私は知らないうちに祖母からアイデアをもらっていたんだな、と感じた。

さて、今回録音した曲のタイトルは「Summer Valentine」、大竹さんが作曲された曲だ。98歳まで生きた明治生まれの気丈な祖母が聴いたらなんと言っただろうか。亡くなった人のことは本人にしかわからない。でも、新しいものを決して疎まない人だったから、笑って聴いてくれるかもしれない。