BLOG


マスクの中にかくれてたもの

今週スイスは規制が大幅に緩和された。屋外や職場等におけるマスク着用義務が廃止され、学校では生徒も教師もマスクを着用しなくて良いことになった。長い間、ほぼ当たり前のように着けていたマスクをはずして最初のレッスンを行ったとき、ああ私はいま新鮮な空気を吸っている、と感じた。長期のマスク生活を通して自分の声(というか肺活量)が若干大きくなったのと、生徒に伝えようとする身振り手振りもいつの間にか大げさになっていたことにも気がついた。

マスクを外したレッスンの一人目の生徒は9歳の女の子だった。彼女はレッスンでじっとこちらを見て、それからゆっくりニコッと口を広げて笑った。一瞬、この子こんなに素敵な笑顔ができる子だったっけ?と思った。

マスク以前には当たり前に見ていたことが久しぶりだったので新鮮に見えたのかもしれない。けれど、おそらく彼女はマスクをつけている間もこの笑顔をしていたのだと思う。それが見えない私に、一生けんめい目を大きく開いてマスクの中でも笑っていることを伝えようとしてたのかな、と思ったら、胸が締め付けられる思いがした。そして、なんだか一緒に笑ってしまった。

本当にそれだけのことなのだけれど、自分にとってはそれがとても印象に残った。

そういえばこちらでマスクが義務付けられた当初、知り合いからこんなことを言われた。「emoji(絵文字)って日本語でしょ?私気がついたんだけど日本人のあなたは表情を作るときに目がよく動く。一方私たちはよく口で表情を作るの。あのマークでは目の形がとても重要な要素よね。すっごく日本的だな!って思っちゃった。」私には絵文字が日本と関連するものかもわからないし、そんなこと考えたこともなかったけれど、確かに彼らは笑うとき目の形があまり変わらない。そのぶん口を大きく開けて笑う。そうか、ちょっと違うんだ。と思った。そして、マスクを外した今週から、私は「目」と「口」の両方のかたちで自分の気持ちを伝えることができるんだ、ということに気がついた。なんて素晴らしいことなんだ!と思った。

マスクにかくれて気付かずに過ぎてしまったこと、見落としたり忘れてしまったこと、そして相手に伝えられていなかったことが自分にはいくつあるのだろう。私はそれを、これからひとつずつ取り戻していかなければいけない。