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人に会うこと

スイスから日本への直行便が、今回初めて夜のフライトになった。搭乗カウンターでの書類のチェック等で緊張したのと、夜も遅く疲れていたので飛行機の中ではほとんど寝ていた。何時間かウトウトした後、ふと目を覚まして飛行地図を見たら、すでに自分の乗っている飛行機はシベリアを越えていた。なんということだ!と思った。人は眠っている間にシベリアを飛び越えることがある、という現実がとても非現実的に思えて、窓から見える雲をぼんやり眺めた。この雲の下にどんな人がいて、何をしているのかを知ることは自分の一生の中で多分ないんだろうな、と思った。現実には、知らないうちに通り過ぎていく世界がたくさんある。

コロナで今まで考えもしなかった規制の中、自分の国に帰国する。昨年末から企画してきたコンサートを行うため、という理由はあるけれど、そこには自分のエゴだったり、単純に「人に会いたい」という気持ちも含まれていた。

「人に会う」ことは、ある意味自分を軌道修正していく作業のような気がする。

この21世紀の現在では様々なアイテムが開発され、どんなに遠くにいても機材があれば文字だけでなく瞬時に音声も映像も伝え合うことができる。会いに行くのは手間がかかるしけっこうめんどくさい。だから、なんとなく満足して、実際にはだんだん会わなくなっていく。ところが実際に「その人」に会うと、自分の中で勝手に描いていたイメージなど瞬時に崩されて「ああそんなもんじゃなかった」と気付かされる。「実際のその人」は、自分が考えていたよりもはるかに面白くて魅力的だということを実感して、ああやっぱりこの人と「本当に」会えてよかったな、と思う瞬間がある。そうやって、自分はこれまでいろんな人に、放っておいたらどんどん硬く小さくなってしまう自分自身の世界を軌道修正してもらってきた気がする。良いことか悪いことかはわからないけれど、「実際に会わないと伝わらないこと」は確かに存在する。そしてそれは音楽にも言えるように感じる。

「音」は空気の振動で伝わるものだから、当たり前だけれど同じ空間の中での演奏ではお互いが受け取る情報量が格段に多くなる。どんなに音源を送っても、ビデオで視覚的に見せても、お互いのパートを多重録音して確認しても伝えきれないことが、実際に同じ空間で演奏すると瞬時に伝わる。そうして「あ、こうじゃなかったんだね」とお互い軌道修正していける。そして相手から伝えられるものは自分一人で考えていたことよりはるかに面白かったりする。ああ同じ空間でこの人と「本当に」演奏できてよかったな、と思う。

私は雲の下にいるすべての人に会うことはできない。今、世界には78億7500万人の人が生きているそうだ。その中で私が会える人は限られている。だからこそ、本当に会いたい人には自分から会いに行かなくちゃいけないよな、と思った。