BLOG


はじめて会う人

新学期になって新しい生徒たちが入ってきた。その中でチベットにルーツを持つ女の子がご両親と一緒にレッスンに来た。なんの不自由もなくドイツ語を話す彼女はレッスンが終わるときご両親と別の言葉で話していた。はじめ彼女のルーツがどこか知らなかった私はなんの気もなく「何語で話しているの?」と聞いた。すると一瞬黙ったあと「・・・・チベット語です」と言った。それを聞いたとたん私は反射的に「私は日本人です!」と言っていた。そこにあった(ように感じた)緊張感がふっと和らいだような気がした。一体、ギターを教えるだけの私は彼女や彼女の両親と自分の間に何を取り除きたかったのだろう。もし私が日本人ではなく、チベットと社会的に亀裂のある国の出身だったら、それだけで彼女と私の関係は変わってしまっていただろうか?«Tschüss!(さよなら!)»と楽しそうに挨拶して帰っていく彼女を見送りながら、自分の頭の中で起こったことについて考えさせられた。

彼女に会った同じ日の最後にレッスンに来た生徒はイスラムのスカーフを巻いた女の子だった。

9歳の彼女には12歳のお兄ちゃんが付き添ってきた。とても穏やかな笑顔の彼女は、はじめからギターでとても良い音を出した。そして彼女の小さなお兄ちゃんは妹に代わって私にてきぱきと話し、妹がギターをケースからとり出すのを甲斐甲斐しく手伝い、レッスン中は私の横で腕組みをして立ってレッスンを観察していた。その様子に少し圧倒されながら、まだ12歳だけど彼は「自分の役割」をきちんとつとめているんだなぁと思った。そして彼らには「どこから来たの?」とストレートに聞けない自分がいた。そもそも彼らは「来た」のではなく、ここで生まれ育ったのだと思う。そして自分たちの親世代のルーツを受け継いでいる。

レッスンの最後の方になってずっと腕組みして聞いていたこの小さなお兄ちゃんは「あの、ぼくもう帰っていいかな・・・?」と訊いてきた。「うんいいよ。それにもうすぐ終わりだよ。ありがとね。」と言ったあと、なんだか笑ってしまった。

そして昨日、私はスイス人メゾソプラノ歌手のコンサートに行った。ベルンでお世話になっている方のご紹介で来年2022年12月に彼女とコンサートを行うことになり、はじめて会いに行った。とても素敵な演奏会だった。私とのコンサートはクリスマスの時期ということで、彼女からWeihnacht(クリスマス)にちなんだバロック、ドイツロマン派、そして現代音楽の楽譜をもらった。オリジナルはすべてギターのために書かれていない作品だったが、自分にとってやりがいのある作品だったので引き受けた。彼女から渡された楽譜を見ながら、どの時代でもヨーロッパの作曲家にとってクリスマスの作品を作る、ということは特別な意味を持っていたのかな、と思った。それを来年自分が演奏することについても、なんだか面白いな、と思った。

今、わたしのいるところには、いろんな世界が存在して、みんな一緒に暮らしている。そしてそれぞれ真剣に生きている。私も頑張らないとな、と思った。