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ナイーブな音楽で

来月、2人のスイス人作曲家による、ギタートリオのための作品を弾く。ひとつはベアート・フューラー(Beat Furrer)という人の「...y una canción deseperada (...そしてひとつの絶望の歌)(1986)」という作品で、このタイトルはチリの詩人パブロ・ネルーダの詩集「20の愛の詩と1つの絶望の歌」からとられている。もうひとつはアルフレッド・シュヴァイツァー(Alfred Schweizer)という人の「Das Jahr in naiver Musik(ナイーブな音楽でつづる一年)(1989)」というシリーズ作品で、その名の通り月の名前があてられた作品が12曲あり、私が弾くのは「März(3月)」。2曲とも私は知らなかったのだけれど、今回の企画者から「とてもいい曲なんだよ」というメールをもらった。そうなんだ、じゃあやってみよう、と思いOKした。

「そしてひとつの絶望の歌」は3人それぞれ四分音などを使い別々のチューニングで演奏する。ハーモニクスがたくさん出てきて、「3フレットから6ミリ右」とか「2フレットから5ミリ左」を押さえて出すよう指示されている。なんだか深海魚になったみたいな気になる曲だな、と思った。実際に合わせてみると違和感なく聴こえ、そして妙にクセになる曲だった。ちなみにタイトルのネルーダの詩については言うまでもないことなのだろうが、ネット上でこの詩集の15番目の詩(Poem15)の日本語訳を読んだ時、あまりの美しさに呆然としてしまった(ああでも私が弾くのは絶望の歌のほうだから、と自分に言い聞かせ、ようやく我に返った)。そして、自分がこの曲に対してイメージしていたものが全然違っていたことに気づかされた。

「3月」はミニマルミュージックの手法を使っている。16分音符の細かなモチーフが繰り返されながら少しずつ変化していく。はじめてこのモチーフを弾いたとき、「あ、綺麗だ」と思った。なんというか、さざ波のようだった。この作品はギター3台のための曲だが、楽譜は一つしかない。見開き4ページのスコアには左側に和音を含んだモチーフ、中央2ページに16分音符のミニマルなモチーフのグループ、右側に息の長いメロディ(歌)のモチーフが5種類ずつ用意されていて、演奏者はそれぞれ好きな場所から入り、別のモチーフへと移動して行く。どこをどう通って弾くか、演奏家同士あらかじめ約束しては「いけない」。演奏家に託されたこの部分的な「あそび」はチャーミングかつスリルを伴う。この曲はまだ合わせていないのでどんな全体になるのかわからないが、毎回自分で「さて、今日はどこに行こうかな」と考えるのは楽しい。そして何より和声が綺麗だ。

二つの作品のタイプは全然違うが、どちらも弾いていくにつれて「こういうのも、ありだよね」という気分にさせられる。いろんな考えがあるよね、と気付かされる。自分一人で想像できることって、たぶんどこかに限界がある。だから時々その境界線をぱかっと外してくれるものに出会えるのは、もしかしたらとてもありがたいことなのかもしれない。